
「なかなか良い人が採れないんですよね」
経営者の方とお話ししていると、この一言はほとんどの場合に出てきます。そして続く言葉もだいたい決まっています。媒体を変えた、掲載料を上げた、給与を上げた、それでも来ない。エージェントにも頼んだが決まらない。
ここで一度、順番を戻したいんです。媒体も給与も、入口の話です。その手前に、もっと効く場所があります。
この記事では「採用がうまくいかない」と感じている経営者の方に向けて、実際に何が起きているのかを構造として書きます。求人票の書き方の話ではありません。会社を説明できるかどうかという、もっと手前の話です。
私たちが採用の相談を受けたとき、最初にお願いすることがあります。「この会社がどんな会社か、1分で説明してもらえますか」
この質問にすっと答えられる経営者は、実はそれほど多くありません。多くの場合、返ってくるのは事業内容の説明です。「ECの運用代行をやっていて、楽天とAmazonを中心に、クライアントは何社くらいで」——これは何をしている会社かの説明で、どんな会社かの答えにはなっていません。
応募者が知りたいのは後者です。同じ「EC運用代行」の会社は他にもあります。その中でなぜここを選ぶのか。ここで働くと何が得られるのか。事業内容だけでは、比較の材料にならないんです。
そして厳しい話をすると、社長が1分で語れないことは、社員も語れません。社員が語れないことは、応募者に伝わりません。採用の入口である求人票は、その一番外側にあります。中身が決まっていないのに外側だけ整えようとしているから、書いても書いても手応えがない。
私たちが見ている限り、採用がうまくいっていない会社には、採用以外の場所にも同じことが起きています。
| 表に出ている症状 | 同時に起きていること |
|---|---|
| 応募が来ない | 問い合わせの1通目が「料金を教えてください」だけになる |
| 面接で志望動機が浅い | 既存の取引先も、なぜ自社を選んだか説明できない |
| 入社後にすぐ辞める | 社員によってお客様への説明がバラバラになる |
| 紹介での応募がない | お客様からの紹介も少ない |
左と右は、別々の問題に見えて原因が同じです。会社が何を約束しているかが言葉になっていないので、社員も、応募者も、お客様も、この会社を説明できない。だから思い出されず、紹介されず、選ばれない。
ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。採用がうまくいかないのは採用の問題ではなく、会社を説明できていないことが採用という形で表に出ているだけだと考えています。だから採用の手法だけを直しても、しばらくすると同じ状態に戻ります。
「予算を増やせば採れるのでは」という発想は自然です。実際に規模の大きい会社は、それで採れています。でも中小企業が同じ手を打つと、効きにくい構造があります。
1. 掲載費を上げても、比較の中での位置は変わらない
求人媒体は、同じ条件の会社が並ぶ場所です。上位に出る枠を買っても、隣に並ぶのは同業でより給与の高い会社です。目に触れる回数は増えますが、選ばれる理由が増えたわけではありません。ここに気づかないまま予算を積むと、費用だけが上がります。
2. 給与を上げると、給与で選ぶ人が来る
給与を条件に応募してきた人は、より高い条件が出たときに移ります。これは人の問題ではなく、その人が選んだ理由が給与だっただけです。給与を上げる打ち手は即効性がありますが、次に上げ続けられるかという問題を残します。
3. エージェントに任せても、渡す言葉がなければ伝わらない
エージェントは会社の代わりに説明してくれる存在ですが、渡す材料がなければ「事業内容と条件」しか伝えられません。結果として、また条件で比較される場所に戻ります。
3つとも共通しているのは、「選ばれる理由」が用意されていない状態でお金をかけているということです。これは採用に限らず、集客でもまったく同じ構造で起きます。広告費を削ったECが強い理由と同じ話です。
やることは1つだけです。「この会社は、誰に対して何を約束しているのか」を1行で決めること。
ここで大事なのは、格好いい言葉を作ることではありません。実際にやっていることの中から、他社が言いにくいことを選ぶのがコツです。
私たちの場合、「金額自由・期間自由・縛りなし」という条件でお受けしています。これは正直に言えば、経営としてはやりにくい形です。いつでも切られる前提なので、成果を出し続けないと続きません。でもやりにくいからこそ、他社が真似しにくい。そしてこの一言があるから、応募者にも「ここは逃げ場がない会社だ」と伝わります。それで合わない人は来ませんが、それは良いことだと考えています。
決め方の手順はブランディングは「約束」から始まるで書いているのでそちらに譲りますが、経営者の方に一点だけ強調しておきたいのは、これは社員に任せられない仕事だという点です。
会社が何を約束するかは、経営の判断です。何を捨てるかを含む判断なので、決裁できる人しか決められません。ここを「ブランディング担当」に投げると、たいてい形容詞の並んだ資料が返ってきて、誰も使わないまま終わります。
1行が決まったあと、意外なほど早く効き始める場所があります。社長自身が話す場面です。
面接、会社説明会、取引先との会話、SNS。この全部で同じことを言えるようになると、聞いた人が他の人に説明できるようになります。採用で強い会社は、社長の言葉が社員経由でそのまま伝わっている状態だと感じています。
逆に、社長が場面ごとに違うことを言っていると、社員は何を言えばいいか分からなくなります。そして「うちの会社って、何なんですかね」という状態が生まれます。この状態の会社に応募者が来て、面接で「どんな会社ですか」と聞いたとき、答えられる人がいません。
ここで具体的にやってほしいことが1つあります。決めた1行を、面接で毎回口に出すこと。そして相手の反応を見てください。ぴんと来ない顔をされるなら、言葉が抽象的すぎるか、そもそも合わない人です。前者なら書き直す材料になり、後者ならお互いにとって早く分かった方がいい情報です。
この「言葉が場面ごとにバラバラになる」問題は採用に限りません。会社全体の言葉を揃える手順はSNSと採用ページで別人になる会社で扱っています。
整理すると、経営者が判断すべき順番はこうなります。上から順にやってください。飛ばすと戻ってきます。
| 順 | やること | 誰が | かかる時間 |
|---|---|---|---|
| 1 | 誰に何を約束する会社かを1行で決める | 経営者 | 数日〜2週間 |
| 2 | 社員がそれを自分の言葉で言えるか確認する | 経営者+現場 | 1ヶ月 |
| 3 | 会社概要・採用ページの言葉を1に合わせる | 担当者 | 2週間 |
| 4 | 求人票を書き直す | 担当者 | 数日 |
| 5 | 媒体・エージェントを選ぶ | 担当者 | 随時 |
多くの会社が4と5から始めます。そして1と2が空白のままなので、書いても書いても手応えがない。1だけは経営者しかできない仕事で、しかもいちばん時間がかからないところです。数日で決められることを飛ばして、数ヶ月かかることを先にやっている状態が、いちばんもったいないと思っています。
3番の会社概要ページは、思っている以上に見られています。応募者はまず社名で検索して、会社概要を読みます。ここが数年前の言葉のままだと、求人票との落差で不安になります。社名で検索された時、会社は何を伝えているかで設計を書いているので、あわせて確認してみてください。
1行を決める話をすると、かなりの確率でこう言われます。「でも、うちは特別なことをしていないんですよ」
これは謙遜ではなく、本心だと思います。毎日やっていることは、自分にとっては当たり前になります。当たり前のことに価値があるとは思えなくなる。これは経営者だけでなく、どの会社の現場でも起きています。
だからここは、内側だけで考えても答えが出ません。私たちがおすすめしているのは既存のお客さまに聞くことです。「なぜ他社ではなく、うちを選んでいただけたんですか」と、直接聞く。3社に聞けば十分です。
返ってくる答えは、たいてい社内の想定と違います。技術力で選ばれていると思っていたら「返信が早いから」だった。価格だと思っていたら「無理なときに無理と言ってくれるから」だった。この「思っていたのと違う理由」が、いちばん価値のある材料です。自社では当たり前すぎて言葉にしていなかったものが、外から見た選ばれる理由になっているケースが本当に多いんです。
それと、聞くときのコツが1つあります。「弊社の強みは何ですか」ではなく「なぜ他社ではなくうちだったか」と聞いてください。前者だと相手が気を使って褒めてくれるので、判断材料になりません。後者は比較の話なので、具体的な理由が出てきます。
決める過程で意見が割れるポイントは、経験上ほぼ同じ2つです。先に知っておくと、揉めても慌てません。
1.「対象を狭めると、他のお客さまを断ることになる」
誰に向けた会社かを絞ると、ほぼこの心配が出ます。売上を絞る話に聞こえるからです。でも実務では、絞った先の人に深く届く方が、結果として全体の問い合わせが増えることの方が多いです。曖昧な言葉は誰の記憶にも残らないので、広く言っているつもりで誰にも届いていない状態になります。
それに、言葉を絞ることと、来た仕事を断ることは別です。看板を狭くしても、扉は開けておけるという理解でいいと思っています。
2.「今できていないことを書いていいのか」
もう一つは、理想と現状のどちらを書くかという議論です。ここは明確に「今できていることだけを書く」のが正解だと考えています。
理想を書くと、入った人が「話が違う」と感じます。採用で盛るのがいちばん高くつく理由はここにあります。逆に、今できていることを正確に書けば、期待と実態が一致した人が来ます。応募数は減るかもしれませんが、辞める人も減ります。採用の目的は応募を集めることではなく、続く人に来てもらうことなので、こちらの方が目的に合っています。
ここまで採用の話をしてきましたが、経営判断としては「採らない」という選択肢も並べて考える価値があります。
採用は決まってから戦力になるまで時間がかかります。求人を出して3ヶ月、入社してから独り立ちに3〜6ヶ月。いま人手が足りていない課題に対して、採用は半年から1年先の解決策です。目の前が回っていないなら、そこは別の手で埋める必要があります。
私たちが整理するときは、業務を3つに分けます。
2番目と3番目を外に出すと、1番目に集中できます。そして「1番目をやる人を採る」という求人になると、募集内容がはっきりします。「何でもやってくれる人」という求人はいちばん応募が来ません。役割が曖昧だと、応募者が自分にできるか判断できないからです。
費用の比較はEC運用代行の費用を社員1人のコストと正面から比べた記事にまとめています。採用と外注を天秤にかける段階なら、そちらの数字が参考になると思います。
誤解のないように書いておくと、これは「採用しなくていい」という話ではありません。採用でしか埋まらない場所を見極めてから採る方が、採用の成功率が上がるという話です。全部を1人に期待した求人は、書いている側も何を求めているか分かっていないことが多いです。
1行を決めて言葉を揃えたあと、応募数が増えるまでには時間がかかります。だから応募数だけを見ていると「効いていない」と判断してしまいます。
もっと早く動く数字が3つあります。
1番目については、面接の記録を残しておくのがおすすめです。志望動機を一言でメモしておくだけで、半年後に並べたときに変化が見えます。記録がないと「なんとなく良くなった気がする」で終わってしまい、施策を続ける根拠になりません。面接シートに1行足すだけの作業です。
3番目がいちばん分かりやすい指標だと考えています。社員が自分の知り合いに「うちに来ない?」と言えるのは、会社を説明できて、かつ後ろめたさがない状態です。ここが動いていないなら、社内への浸透が足りていません。
数字の取り方はブランディングは効果測定できないのかで整理しています。採用は、ブランディングの効果がいちばん早く体感として出る場所なので、測る価値が高い領域です。
整理します。
採用がうまくいかない状態は、経営者にとってかなり苦しいものだと思います。人が足りないから現場が回らず、現場が回らないから採用に時間を割けない。この循環に入ると、余裕のあるときにしかできない「1行を決める」作業が、いちばん後回しになります。
でもこの1行は、数日で決められて、決めたあとの全部の打ち手の効き方を変えます。媒体を変える前に、ここに時間を使ってみてください。
私たちは、決めた1行を採用ページや発信に落として日々運用する部分を、外部の実行チームとして一緒に担っています。「決めたいけれど、社内だけだと言葉にならない」という段階で止まっている場合は、そこがお手伝いできる部分かもしれません。
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