
採用ページでは「挑戦を歓迎する風通しのよい組織です」と書いてあるのに、公式SNSは業務連絡みたいに硬い。サービスページは丁寧語なのに、担当者からのメールは急にフランク。同じ会社なのに、どこを見るかで印象が変わってしまう。
これ、悪意があって起きているわけではないんです。書いている人が違うから、それぞれが自分の感覚で「たぶんこれが正解だろう」と判断している。その結果として、会社の人格が媒体ごとに分裂するという状態が生まれます。
この記事では、ブランドの言葉づかい——いわゆるブランドボイスやトーン&マナーを、実際に揃えるための手順を書きます。おしゃれなガイドラインを作る話ではなく、担当が変わっても残る形にするところまで扱います。
先に結論を書いておくと、揃えるコツは「どう書くか」を増やすのではなく「何を書かないか」を決めることです。推奨事項をいくら並べても解釈の幅が残りますが、禁止事項は誰が読んでも同じ判断になります。A4で1枚、決めるのは5項目。それだけで、外注のライターに渡せる基準になります。
最初にやってほしいのは、自社の言葉を並べてみることです。5分で終わります。
サービスページの冒頭1文、採用ページの冒頭1文、直近のSNS投稿1本、直近の顧客向けメール1通、会社概要の1文。この5つをコピーして、1枚のドキュメントに縦に貼ってください。それだけで、揃っているかどうかは見た瞬間に分かります。
私たちが支援先でこれをやると、だいたい次のようなバラつきが出てきます。
| 媒体 | よくある実際の状態 | 読者が受け取る印象 |
|---|---|---|
| サービスページ | 実績と機能の羅列。主語が「弊社」 | 堅い。距離がある |
| 採用ページ | 「一緒に成長しませんか」。主語が「私たち」 | 近い。人がいる感じ |
| 公式SNS | お知らせと絵文字が混在 | 誰が話しているのか不明 |
| 顧客向けメール | 担当者ごとに文体が違う | 担当次第の会社に見える |
| 会社概要 | 数年前のまま。言葉が古い | 今の会社と一致しない |
気をつけたいのは、媒体ごとに温度が違うのは本来おかしくないという点です。採用ページとサービスページで読み手が違うので、距離感が変わるのは自然です。問題なのは温度差ではなく、同じ人が書いているように見えないこと。ここを区別しておくと、揃えすぎて全部が無個性になる失敗を避けられます。
バラつきの原因を分解すると、だいたいこの3つのどれかです。
1. そもそも決まっていない
いちばん多いです。「うちらしい書き方」が誰の頭の中にもない状態。この場合、書く人はネットで似た会社を探して真似します。参考にする相手がそれぞれ違うので、当然バラバラになります。
2. 決まっているけれど、書く人に届いていない
経営層やブランド担当の頭の中では決まっている。でもドキュメントになっていないので、外注のライターや新しく入った人には伝わらない。「なんとなく違う」と後から差し戻すやり取りが増えて、双方が疲れていきます。
3. 抽象的すぎて使えない
ガイドラインはある。でも中身が「誠実に」「親しみやすく」「専門性を感じさせる」といった言葉だけ。これでは書く手が止まりません。「親しみやすく」を読んで、絵文字を使うべきか判断できる人はいないんです。抽象語は方向を示せますが、判断の基準にはなりません。
3つのうち、1と2は作れば解決します。厄介なのは3で、ガイドラインがあるのに揃わない状態は「もう対策済み」と思われてしまうので、放置されやすいところがあります。
では、どう書けば使えるものになるのか。私たちが行き着いたのは、推奨より禁止のほうが機能するという結論でした。
「親しみやすく書いてください」と言われても、親しみやすさの幅は人によって10倍くらい違います。でも「絵文字は使わない」「『!』は使わない」「体言止めで終わらない」と書いてあれば、誰が読んでも同じ判断になります。判断がぶれないルールは、たいてい具体的な禁止の形をしています。
もう1つ効くのが、OK例とNG例を並べて置くことです。説明を読むより、実物を2つ見比べたほうが早く伝わります。
たとえばこうです。NG例「弊社の最新ソリューションをぜひご体験ください!」、OK例「まずは1店舗だけで試していただく形も取れます」。前者が何を間違えているかを言葉で説明するのは大変ですが、2つ並べれば直感的に伝わります。ガイドラインは説明文よりサンプル集のほうが実務では使われます。
では実際に何を決めるか。私たちが使っている項目は5つです。多いと運用されないので、意識的に絞っています。
| 項目 | 決めること | 書き方の例 |
|---|---|---|
| ① 主語 | 会社をどう呼ぶか | 「私たち」を使う。「弊社」は契約書だけ |
| ② 語尾 | 文末の形を1つに | 丁寧語で統一。断定と体言止めは使わない |
| ③ 禁止語 | 使わない言葉のリスト | 絵文字/!/業界最高/圧倒的/革命 |
| ④ 距離感 | 読者との関係 | 教える側に立たない。並んで考える |
| ⑤ OK/NG例 | 実物を各3セット | 見出し・本文・CTAで1セットずつ |
A4で1枚に収めるのが目標です。10ページのブランドブックは、作った人以外読みません。1枚なら、外注のライターに発注メールへ添付できます。この「渡せるサイズかどうか」が、実際に運用されるかどうかを分ける気がしています。
③の禁止語は、最初は5個くらいで始めて構いません。運用しながら「これは違った」という言葉が出てきたら足していく。育てる前提で作ると、完璧を目指して止まることがなくなります。
ここでひとつ、順番の話をさせてください。5項目を決めようとすると、たいてい途中で止まります。「うちは丁寧語か、もっとフランクか」で意見が分かれるんです。
この対立は、言葉づかいの議論をしていても解けません。その手前にある「自分たちが何を約束している会社か」が決まっていないからです。約束が「難しいことを分かりやすくする」なら、専門用語を減らす方向に自然に決まります。約束が「同業の誰よりも深く踏み込む」なら、多少難しくても正確な言葉を選ぶことになります。
つまり言葉づかいは、約束から降ろしてくるものなんです。ここが決まっていない状態で文体を議論すると、好みの話になって決着しません。約束の決め方はブランディングは「約束」から始まるで手順にしているので、詰まったらそちらに戻ってみてください。
逆に約束が1行で言えている会社は、この5項目が30分くらいで決まります。会議が長引くときは、だいたい上流に戻る合図だと思っています。
5項目を決めるのに時間がかかりそうなら、もっと手前から始める方法もあります。表記の統一です。文体より前の、単語レベルの話です。
意外なほど揃っていないのが、自社名とサービス名です。「株式会社◯◯」と「◯◯株式会社」、正式名称と略称、英字表記の大文字小文字、サービス名の中黒やハイフンの有無。同じ社内で3〜4通りの書き方が混在しているのは、ごく普通に起きています。
これが揃っていないと、地味に損をします。検索したときに表記が分散して一つにまとまりませんし、資料を並べたときに手作りの寄せ集めに見えます。逆に言えば、揃えるだけで整った印象になるということでもあります。文体を決める会議より先に、こちらを片づけてしまうほうが早く効くこともあります。
決めておきたい表記のリストを挙げます。自社名(正式・略称のどちらを本文で使うか)、サービス名・商品名、役職名の書き方、数字の全角半角、英数字の前後にスペースを入れるか、日付の書式、単位(円・¥、%・パーセント)、そしてカタカナ語の長音(サーバ/サーバー、ユーザ/ユーザー)。
全部を一度に決めなくても構いません。よく出てくる10語だけ決めて、シートの端に書いておく。それだけで原稿の手戻りが減ります。私たちも「ECモール」「モール」「プラットフォーム」の使い分けが社内で揺れていて、書くたびに迷っていた時期がありました。決めたら迷いがなくなって、レビューも速くなりました。
それと、この表記リストは会社概要ページと合わせておくのが大事です。正式名称の書き方が公式ページと資料で違うと、確認する側が不安になります。会社概要ページ自体の設計は社名で検索された時、会社は何を伝えているかで扱っているので、そちらと揃えて見てみてください。
シートを作っただけでは、半年で形骸化します。運用に埋め込むところまでやります。私たちがやっているのは3つです。
1. 発注書とセットにする
外注ライター、デザイナー、SNS運用の委託先に、依頼のたびにシートを添付する。「前に送ったので大丈夫ですよね」にしないのがコツです。1枚なので添付コストはほぼゼロですし、相手も差し戻しが減るので歓迎されます。
2. 公開前チェックに1行だけ入れる
記事や投稿を出す前のチェックリストに「禁止語が入っていないか」を1項目足します。検索すれば10秒で終わる作業なので、続きます。逆に「トーンが合っているか」のような曖昧な項目は、チェックしたつもりになって機能しません。
3. 四半期に1回、5つの媒体を並べ直す
この記事の最初にやった「5つの文を縦に貼る」作業を、3ヶ月ごとに繰り返します。ズレていたら直す。5分の作業ですが、これをやっている会社とやっていない会社では1年後の状態がかなり変わります。
なお、決めたことが現場に残らない問題はブランドボイスに限りません。もっと広く「決めたのに続かない」構造の話は決めたブランドが現場に伝わらないで扱っています。
5媒体のなかで、SNSがいちばん揃いにくいです。理由がいくつかあります。
投稿の頻度が高いので、1本あたりにかける時間が短い。担当者が若手や外注になりがちで、判断を委ねる場面が多い。そしてプラットフォームごとの「作法」が強いので、そこに引っ張られます。
私たちが実務で置いている線引きはこうです。形式はプラットフォームに合わせる。中身の判断基準は自社のシートに合わせる。 改行の入れ方や文字数、ハッシュタグの慣習はその媒体のやり方に従っていい。でも「何を言うか」「どんな距離感で言うか」は自社側の基準を優先する。この分け方にしてから、担当者が迷う回数が減りました。
それと、SNSは売り込みに傾きやすい媒体でもあります。ブランドの言葉が揃っていても、内容が宣伝ばかりだと結局伝わりません。そのあたりは実店舗のSNS発信が「売り込み」になってしまう理由で書いているので、発信内容そのものに悩んでいる場合はあわせて読んでみてください。
最後に確認方法です。感覚だけだと判断がぶれるので、2つの方法を使っています。
出典を隠して読ませるテスト
自社の文章5本と、競合や他業種の文章5本を混ぜて、社内の誰かに「どれが自社か」当ててもらいます。全部当てられるなら、言葉に特徴が出ている状態です。当てられないなら、まだ誰が書いても同じ文章になっています。
このテストは新入社員や、入社したばかりの人にやってもらうのが一番いいです。社歴が長い人は文脈で分かってしまうので、判定になりません。
差し戻し回数を数える
もっと実務的な指標がこれです。外注や社内の原稿が、文体の理由で差し戻された回数を月ごとに数える。シートが機能していれば、この数は下がっていきます。下がらないなら、シートの中身が抽象的すぎるというサインです。
ブランドの状態を数字で見る話はもう少し体系があるので、指名検索や問い合わせの質まで含めて測りたい場合は社名で検索された時、会社は何を伝えているかのほうも参考になると思います。
この取り組みを社内で提案すると、決まって出てくる反論が2つあります。どちらも真っ当な心配なので、答えを用意しておくとスムーズです。
「揃えると個性がなくなるのでは」
これは逆だと考えています。揃っていない状態は個性ではなく、ただのばらつきです。誰が書いたかで印象が変わる会社は、外から見ると「特徴がない会社」に見えます。一貫していて初めて、それが特徴として認識されます。
それに、ここで揃えるのは書き方の枠だけです。何を語るか、どんな事例を出すか、どんな順番で説明するかは書く人の裁量に残ります。枠を決めると、かえって中身に集中できるようになる感覚があります。
「現場が窮屈になるのでは」
窮屈になるとしたら、ルールが多すぎるか、判断できない書き方になっているかのどちらかです。5項目・A4で1枚という制約は、そのために置いています。
むしろ現場からは「迷わなくなった」という反応のほうが多いです。書くときにいちばん時間を食うのは、実は文章そのものではなく「これで合っているのか分からない」という迷いだったりします。基準があれば、その時間が消えます。差し戻しも減るので、書く側の負担は下がる方向に働きます。
それでも合わないルールが出てきたら、変えて構いません。決めたものを守り続けることが目的ではなく、会社の印象が揃うことが目的なので、手段は入れ替えていいと思っています。
整理します。
ブランドの言葉を揃える作業は、派手さがまったくありません。でも、会社の印象が担当者ごとにバラつく状態は、じわじわ効いてくる種類の損失だと感じています。A4で1枚。まずはそこから始めてみてください。
私たちは、決めた言葉を日々の発信のなかで守り続ける部分を、外部の実行チームとして一緒に担っています。「シートは作ったけれど運用が続かない」という段階で止まっている場合は、そこがお手伝いできる部分かもしれません。
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