
「値上げしたいのはわかってる。でも、お客さんに言い出せなくて……」
支援の現場でよく聞く言葉です。原材料費は上がり、エネルギーコストも上がり、人件費も上がっている。でも、販売価格だけが据え置きのまま。気づけば利益が消えていく——そんな状況に陥っている中小企業が、今の日本にはたくさんあります。
経済産業省の調査によると、2025年9月時点での中小企業の価格転嫁率は53.5%[1]。つまり、コストが上がった分の約半分しか、価格に転嫁できていないんです。
半分。それだけ、利益が圧迫されているということです。
でも同じ環境の中で、きちんと値上げできている会社もあります。その違いは、価格そのものではありません。今日はその「差」について、一緒に考えていきたいと思います。
値上げの話をする前に、今の中小企業の置かれている状況を数字で確認しておきます。
| 指標 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
| 中小企業の価格転嫁率(2025年9月) | 53.5%(コスト上昇分の約半分のみ転嫁) | 経済産業省 価格交渉促進月間調査 |
| 労務費の価格転嫁率(2025年9月) | 50.0%(初めて50%台に到達) | 経済産業省 価格交渉促進月間調査 |
| 4次下請け以下の転嫁率 | 35.7%(1次の51.8%から大幅低下) | 中小企業庁調査 |
| 価格交渉を実施できている企業割合 | 約28.3%のみ | 経済産業省 2024年9月フォローアップ調査 |
| 中小企業の固定費負担(対売上比) | 17.5%(大企業8.9%の約2倍) | 経済産業省 商工業実態基本調査 |
※各数値は公表時点のデータ。最新情報は各出典をご確認ください。
特に気になるのは、4次下請け以下の価格転嫁率がわずか35.7%という数字です。取引の階層が深くなればなるほど、価格交渉の力が弱まっていく構造があります。
そして「価格交渉を実施できている企業は約28.3%のみ」というデータ。7割以上の中小企業は、値上げを言い出せないまま、または言い出す機会すら作れないままでいるわけです。
これは「根性」や「営業力」の問題ではありません。構造的な問題と、心理的な問題が絡み合っています。
値上げできない会社に共通しているのは、「値上げを価格の問題として捉えている」ことだと私たちは感じています。
「うちの商品、値上げしたら高くなりすぎる」
「競合がこの価格でやってるから、うちも合わせないと」
「長年のお客さんに申し訳なくて……」
これらは全部、価格を「数字の問題」として見ている。でも実際は、値上げは「関係性と伝え方の問題」なんです。
バリア①:「高いと思われる=失注する」という思い込み
値上げ=客離れ、という図式が頭にこびりついているケースが多いです。でも実際には、「なぜ値上げするのか」をきちんと説明できれば、理解してくれるお客さんは思っているより多い。むしろ、黙って値上げする会社より、説明してくれる会社の方が信頼されることもあります。
バリア②:「値段を下げてもらった時の恩がある」という義理
過去に価格を抑えてもらったり、無理を聞いてもらった経験があると、値上げを言い出しにくくなります。この「義理の重さ」は特に長期取引の相手に対して強く出ます。
でも、持続可能な関係を続けるためにこそ、適切な価格が必要です。赤字で仕事を受け続けることは、長い目で見てお客さんのためにもなりません。
バリア③:「断られたら終わり」という恐怖
値上げを切り出して断られたら、その後の関係が壊れる——そんな恐怖から、言い出せないままになるケースも多いです。でもこれは、「値上げを断られること」と「関係が終わること」を混同しています。多くの場合、誠実に説明された値上げ依頼は、交渉の入り口になるんです。
同じ環境でも値上げできている会社は、何が違うのか。私たちが感じてきた「差」を整理してみました。
| 値上げできない会社 | 値上げできる会社 | |
|---|---|---|
| 価格の決め方 | 「相場に合わせる」「競合より少し安く」 | コスト構造から積み上げて設定 |
| 顧客との関係 | 「高いと思われたくない」で言い出せない | 普段から価値を伝え続けている |
| 値上げの伝え方 | 「すみません、値上げさせてください…」 | 「原材料費がXX%上昇したため改定します」 |
| タイミング | 決断できず先延ばし | コスト変化をトリガーに計画的に実施 |
| 代替案の用意 | 「値上げか現状維持か」の二択 | 「ボリューム調整」「仕様変更」など選択肢あり |
特に大きな差は「価格の決め方」と「顧客との関係」の2点です。
値上げできている会社は、「相場」や「競合」から価格を決めていません。自社のコスト構造を把握した上で、「この価格でないと利益が出ない」という根拠を持って価格を設定しています。
逆に値上げできない会社ほど、「なんとなく競合より少し安く」「以前からこの価格だから」という積み重ねで価格が決まっていることが多いです。根拠のない価格は、値上げの根拠もなくなります。
値上げのタイミングになって初めて自社の価値を語ろうとしても、説得力が生まれにくいです。値上げできる会社は、普段のコミュニケーションの中で「うちはこういう理由で高い」「こういう価値を提供している」を継続的に伝えています。
値上げは「交渉」ではなく、普段の価値提供の「確認」になると、ずっとやりやすくなります。
いきなり「値上げさせてください」と言うから難しくなります。値上げできる会社は、原材料費の動向や自社コストの変化を、日頃から顧客に共有しています。だから「そろそろ価格の見直しが必要になってきました」という話が、唐突に聞こえない。
値上げを一度の「決断」ではなく、継続的な「会話」の一部にしていくことが大切なんです。
同じ値上げでも、伝え方で相手の受け取り方は大きく変わります。
大きな違いは「謝罪から入るか」「説明から入るか」です。値上げは悪いことではありません。コストの変化を正直に説明することは、むしろ誠実な姿勢です。謝りながら切り出すと、相手も「問題が起きている」と感じてしまいます。
また、「X月より」と時期を明示することで、相手も準備ができます。一方的な通告ではなく、「一緒に対応できるよう情報共有する」という姿勢が伝わります。
これは私たちが実際の現場で感じてきたことなんですが、値上げの交渉をきっかけに、顧客との関係がむしろ深まったケースがあります。
なぜかというと、値上げの場面では「自社のコスト構造」「提供している価値」「今後の方向性」を正直に話すことになるからです。そこで初めて、お客さんが「そういう背景があるんですね」と理解してくれたり、「それならこういう使い方もできる?」と新しい提案に発展したり。
値上げを「嫌な交渉」ではなく「正直な対話」として設計できると、関係性が一段深まることがあります。
逆に、値上げを言い出せないまま赤字で仕事を続けていると、どこかで「もうやっていられない」という気持ちが積み重なり、結果として関係が壊れるリスクの方が高くなります。
企業の財務体質を改善するための別の視点として、「ECはキャッシュフローが命」という記事も参考になるかもしれません。売上だけでなく、手元に残るお金の構造を見直すことで、値上げへの判断が変わることもあります。
値上げできない会社と値上げできる会社の差は、「度胸」や「強引さ」ではありません。
コストが上がっているのに価格を据え置くことは、会社を少しずつ削っていくことと同じです。持続可能な事業のために、適切な価格を設定することは、経営者の大切な責任のひとつだと思っています。
「値上げを考えているけど、どう進めればいいかわからない」そんな方がいれば、ぜひ一度話しましょう。具体的な状況に合わせて一緒に考えます。
また、前回の記事「社長だけが焦っている。なぜ現場には危機感が伝わらないのか?」では、経営者と現場のギャップという別の角度から、中小企業の課題を掘り下げています。合わせてどうぞ。
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